ラクガキブログ『コービーが教えてくれたもの』

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コービーが亡くなった。

あんなに若いのに…娘と一緒に天国に行ってしまった。

そして、僕は色々考えた。

死が必然であったなら…

彼は卒業だったのではないか、

そして、彼の魂や、神様が、

彼の命を通して、

世界中にメッセージを与えたかったんじゃ

ないだろうかと…

それは、『マンバメンタリティー』

毎日毎日、努力を積み重ね、

最高の自分になっていくという意味だ。

 

 

コービーのこの若さの死で、

彼は神格化され、

忘れられることはなくなる。

ジョーダンを超えられなかった男という

イメージはなくなるだろう。

ジョーダン自体はバスケの神様で、

彼自体も、物凄い努力家だった。

コービーはそのジョーダンを真似して、

彼の背中を追い続けた。

これは、いわば、

一般人でも出来る生き方だ。

大変厳しいだろうが、

それでも出来る。

0から1を生み出すのと、

1から2にバージョンアップするのでは、

全く異なる才能であり、

コービーは後者の1から2にバーションアップしていくことが

得意だった。

だが、その努力たるや常人のレベルではない。

それは、0から1を生み出す人間の存在を忘れるほど、

圧倒的なパフォーマンスで、輝き、活躍した。

努力の天才だった。

 

正負の法則というものがある。

人生において、何かを得れば、何かを失うという事だ。

コービーに当てはめて考えてみると、

彼も確かに多くのものを手に入れた。

地位・名誉・富・家族・色欲…

だから、こんなに早く亡くなってしまった…

それも、当てはまる。

だが、

僕は、こうだと思う。

彼がこれだけ早く、悲惨な形で亡くなったからこそ、

彼は伝説になる。

彼が残したかった人生訓が後世に残っていく。

彼の死後でも、

マンバメンタリティは世界中に広がり、

皆が真似て、各々(世界中の人々)の人生を開花させていく

マインドセットとなる。

これが、彼が手に入れる

巨大な正負の法則の『正』であろう。

 

これが、彼にとっては、

天国で、一番嬉しいことかもしれない。

彼のショートムービーが、

アカデミー賞を取ったときに、

彼は、NBAの優勝より嬉しいと言っていた。

彼は、試合の結果より、

マンバメンタリティで、

世界の人々に良い影響を与える方が

意味があったんだろう。

 

 

彼が過去の亡霊(ジョーダン)

と戦って、努力するより、

毎日毎日、自分のベストを尽くす。

その方がこの世界には意味がある。

良い教えになる。

 

例えば、

漫画界に置き換えて、考えてみよう。

漫画家を目指す者が、

単行本の発行部数を積み重ねて、

かつての偉大な漫画家を越えていこうと思ったとしよう。

でも、時代は変わっている。

もう、漫画はスマホで読まれたり、

YouTubeとして見られる時代になっている。

それなのに、過去の形に執着して、

過去の形の結果に

フォーカスしても意味がないのだ。

 

その過去の偉大な漫画家でさえ、

彼らが憧れた先人達とは、

比べることができない。

週刊雑誌で地位と名誉と富を得たとしても、

彼らの前の世代の漫画家は、

貸本だったり、紙芝居だったりしたのだ。

ということは、

常に、今の自分のできることにフォーカスして、

毎日毎日成長し続けていく方が、

宇宙の法則には、正しい結果を得るということになる。

この世の中は、常に変化し続けるのだから…。

 

今からの人類には、

さらに沢山の試練があるかもしれない。

それでも、

人生を悲観せず、パニックにならず、

毎日…1日1日に集中して、

自分が出来ることにベストを尽くしていく。

周囲が自分の事を嫌おうが、批難しようが、

自分のベストを積み重ねていく。

 

それが、

彼が死を通して残した、

魂のメッセージだったんだろう。

 

ちなみに、コービーと一緒に亡くなった

娘のジアナちゃんは、

コービーが引退試合で60点を叩き出した時に、

お母さんの横でめちゃくちゃ飛び跳ねてた。

それがとても印象的だった。

 

 

引退後も彼の隣の席で、いつも試合観戦してた。

彼は一度、奥さんと離婚しそうになっている。

でも、ギリギリ離婚せずに済んだ。

それも、このジアナちゃんのおかげだったかもしれない。

 

コービーもジョーダンも女性関係はかなり凄かった。

コービーは、その分野もジョーダンを真似たのかもしれない。笑

多分、コービーは人一倍承認欲求があり、

さみしがり屋だったんだろう。

そして、ジアナちゃんはそれを埋めていた

存在だったんだと思う。

 

それは、彼女の命題で、

コービーの死の宿命さえも、

一緒についていく彼女の大きな役割だったのかもしれない。

 

個人的に、

僕はそこまで現役時代のコービーを

追いかけていたわけではないが、

引退したあとに、

彼が「今後はアニメーションをやっていく!」と言ってた時、

凄く嬉しかった。

ああ、彼の完璧を求める美しい動きは、

芸術家としての動きだったんだなと…

とても、共感した。

 

僕は高校の時に、

スポーツ科学の本を読んだ。

そこには、

「スポーツは美である」

と書いてあった。

その時に僕の中で、パラダイムシフト起こった。

それまで悩んでいたもの

「勝敗だけならジャンケンでいいじゃないないか…」

というものが払拭された。

スポーツをする喜びを得ることができた。

 

それから僕は、急激に成長した。

バスケットが上手くなっていった。

絵を描写するように、一流選手の動き…

ファンタスティックな美しい動きを

コピーするようになっていった。

 

特にバスケットというスポーツは

観客が面白いと思うために、

しょっちゅうルールが変わるしね。

特に美しさが重要視されるスポーツだ。

 

バスケもコービーもアニメーションも人生も、

行き着く先は、

芸であり、美である。

 

その中で色々な美の形があり、

表現分野があり、表現方法がある。

世界中の人々が、皆それぞれのステージで、

自分を磨き、努力して、自信をつけることが、

人にも、世界にも、

良い影響を与えて行くんだと思う。

その過程で自分の人生が豊かになっていくと思う。

そして、その実力がある一定以上に達した時から、

この世の中を良くする

お役目が与えられていくんだと思う。

 

コービーという男は、

彼の人生で

「マンバメンタリティ」

それを表現して、

僕たちのお手本になり、

道しるべになってくれた。

 

僕たちも彼のおかげで、

「努力したって無意味だ…」などという人々の影響を受けなくて済む。

人生の迷路に入り込まなくて済む。

 

「今日、何かできることがあるはず!」

「昨日の自分より、少しでも成長するんだ!」

「毎日の積み重ねが、数年後すごい自分になっているんだ!」

そう思えることで、

そう毎日を過ごす中で、

自分の人生や、自分のいる世界を

変えることができると、

彼が教えてくれている。

 

コービー

ありがとう!

 

 

コービー・ブライアント 失う勇気 最高の男(ザ・マン)になるためさ!

 

コビー・ブライアント追悼号 2020年 03 月号 [雑誌]

 

 

倖本悠矢

 

 

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